この本を読んだきっかけとあらすじ
この本を読み始めたきっかけは、知り合いの方から
湯浅東洋この本は一度読んでみる価値があると思うわ。
引きこもりに対する考え方が変わるから。
と勧められたことでした。
あらすじとしては、とある青年マモルが、ひょんなことから引きこもりの生活を送るようになり、最初のうちは気楽な生活を楽しんでいたものの、次第に精神的に追い詰められ、苦しい日々を過ごすようになっていく、というところから物語が始まります。
そんな彼が、一冊の本(雨宮処凛氏著)との出会いをきっかけに、少しずつ人生を前向きに捉え直していく、という成長の物語です。
サブカルチャーに関するやや専門的な内容も多く登場しますが、きちんと注釈が添えられているため、そうした分野に詳しくない方でも読みやすい作りになっていました。
引きこもりは幸せではない


「引きこもり=気楽で楽しいもの」
というイメージは、世間一般でもよく語られる価値観だと思いますし、私自身、そうした意見を身近で耳にしたことも何度かあります。
しかし、この本を読んで改めて感じたのは、それはあくまで最初の一時期だけの話なのではないか?、ということです。
引きこもりに関するインターネットの記事を読むと、時間が経つにつれて
-昼夜逆転によって生活リズムが崩れる
-日光を浴びる機会が減ることで心身のバランスが崩れやすくなる
-他者との関わりが減ることで自尊心を保ちにくくなる
のような負担が気が付かぬ間に積み重なっていくとされています。
主人公マモルが、ある時期から精神的に大きく追い詰められていくのも、こうした要素が少しずつ積み重なった結果なのではないかと感じました。
以前、コロナ禍の影響で精神的に不調をきたす方が増えたというニュースが2020年ごろに話題になりましたが、あれも、本人の意思とは関係なく、結果的に外出の機会が大きく制限されたことが背景にあったのかもしれません。
そう考えると、引きこもりという状態は、決して幸せなものではなく、むしろ苦しさにつながりやすい状態なのではないかと、あらためて感じさせられました。







この私の個人的な体験ですが、コロナ禍の時はあまり外に出られず精神的にかなり参ってました。
あの隔離された様な独特の感情?が物凄く気持ち悪かった記憶があります。
引きこもりに陥られている方がそれと似たような体験を四六時中していると考えると、本当にゾッとします‥
誰にでも起こりうること
この本を読んで強く感じたのは、
「人は、ちょっとしたきっかけで、誰でも引きこもりのような状態に陥る可能性がある」
ということです。
主人公マモルも、最初から引きこもりになることを望んでいたわけではありません。いじめをはじめとする人間関係のトラブルに疲れ、学校を休みがちになったことが、結果的にそのきっかけとなってしまいました。
私自身、以前、学校の人間関係が嫌で、数日間仮病を使って休んだ経験があります。
あの時、もし何かの歯車が少し違う方向に狂っていたら‥、自分も同じような道を歩んでいたかもしれないと、この本を読みながら感じました。
マモルの体験を通じて、人は本当にちょっとしたきっかけで、そうした状況に陥ってしまうものなのだと実感しましたし、一度そうなってしまうと、そこから抜け出すことも簡単ではないのだと知ることができました。



あの時の私は、
・ やっぱり家にいると罪悪感がある
という理由で、すぐに学校に行き始めました。
ですが、もしそう感じていなかったら‥と考えると恐ろしくなりますね‥
下手すると引きこもって社会復帰が不可能だったかも知れないです。



多分ですけど、国村さんが引きこもらずに済んだのって
・ 何だかんだ言いつつ学校に行くのがそこまで苦痛じゃなかった
事が大きいのではないでしょうか?
もし、いじめを初めとした問題で本当に辛いと思っていたら、
・ 学校に行くよりも引きこもっていた方が楽
と感じそうです‥。



それは間違いないと思います。
私も、学校生活で嫌なことや辛いことは多々ありましたが、何だかんだ言いつつ
・ 人間関係や環境
にはかなり恵まれています。
ですので、自分が引きこもりにならなかったことは
・ 学校に行くのが無理になるくらいの致命傷レベルのダメージを受けなかった
運も大きいでしょうね‥
引きこもりは本当に自己責任なのか
引きこもりというテーマについて話すと、
「自己責任だ」
「甘えだ」
といった、厳しい意見を耳にすることも少なくありません。
しかし、マモルの例のように、人はちょっとしたきっかけで、突然そうした状況に陥ってしまうことがあります。
実際、これまで引きこもりとは縁のなさそうな生活を送っていた方でも、職場の人間関係に心を病んでしまったり、急に精神的な不調をきたしたりすることで、突然外に出られなくなってしまうケースがあるようです。
この私の身の回りでも、



実は昔一時期引きこもってた事がある。
急に仕事をする気力がゼロになったんだ。
本当に突然で理由は解らなかった。
あの時は何もする気が起こらず、家で時間を浪費していたな‥
の様な、
「急に働くことができなくなり、数ヶ月間家に引きこもっていた」
「突然やる気が出なくなり、何もできなくなってしまった」
といった引きこもり経験のエピソードを聞いたことがあります。
そこまで交友関係が広くない私の周りですらこういった話があるくらいです。
世の中全体を見れば、想像よりも遥かに引きこもり直前の状態を経験した事がある人は多いのかも知れません。
この本の著者である加藤健氏も、エピローグの中で
「引きこもりを生み出してしまう社会の側にも、問題があるのではないか」
という趣旨の問題提起をしており、私自身、この指摘には素直に共感する部分がありました。
個人的に心に残った一言
この本の中で、私が最も印象に残っているのは、著者の加藤健氏が、ある法則を引き合いに出しながらマモルに語りかける場面です。
詳しい言い回しは本書に譲りますが、その趣旨は、
「小さな一人の声であっても、それが少しずつ周囲に伝わっていくことで、やがて大きな流れとなり、世界を動かすきっかけになることがある」
というものでした。(『天国だった、けど』p.226 より)
この言葉をきっかけに、マモルはこれまで挑戦したことのなかったライブでのパフォーマンスに、初めて挑むことになります。
この言葉の本質は、
「声を上げる人が、たとえ少しであっても存在すれば、そこから何かが変わっていく可能性がある」
という点にあるのではないかと感じました。
たとえ小さな意見であっても、それが世の中を動かす最初のきっかけになることは、決して珍しいことではありません。
歴史を振り返っても、小さな声が大きなうねりへと発展していった例は、いくつも存在します。(アラブの春など)
著者の加藤健氏は、マモルの物語を通じて、引きこもりという状態が一方的に非難されてしまう風潮に、少しでも疑問を投げかけたかったのではないかと感じました。
この本が発刊されてから、2026年の今年でおよそ18年が経ちますが、引きこもりに対する世の中の受け止め方は、当時と比べてかなり変わってきているように思います。
著者の想いが、今の社会を少しずつ良い方向へ動かす一助になっているのかもしれません。
こうして自分自身がブログという形で意見を発信していることも、何らかの形で世の中に良い影響を与えられればと、あらためて感じました。引きこもりという状態に対する理解が、これからも少しずつ深まっていくことを願っています。












